近藤誠氏の訃報に寄せて

モルフォセラピー

2022年11月02日 10時00分

近藤誠氏の訃報に寄せて

カテゴリー: モルフォセラピー

人の一生とは、時間というベルトコンベアに乗せられた荷物のようなものかもしれない。だれも時の流れに逆らうことはできない。


以前から『モナ・リザの左目』の出版を楽しみにしてくれていた恩師たちが、この1年ほどの間に立て続けに旅立った。それが必然だったのだとしても出版の遅れが悔やまれる。しかし当の本人が生きているうちに、原稿が日の目を見ただけヨシとすべきなのかもしれない。


先月、プロレス界のスーパー・スターだったアントニオ猪木さんが亡くなった。時期を同じくして、噺家の円楽さんも亡くなって話題をさらっていた。だが彼らのように話題になることもなく、いつのまにかあの近藤誠氏が亡くなっていたのを今ごろ知った。


近藤誠といえば「がんもどき理論」で一世を風靡した、元慶應義塾大学の放射線科の医師である。一世を風靡したといっても、彼の理論は医学界からは総攻撃を浴び続け、学内でも助教授にすらなれず、講師のままで孤立させられていたようだ。


「がんもどき理論」とは、がんには本物のがんと、がんによく似た「がんもどき」とが存在するという説である。両者はDNAが同じなので見分けがつかない。本物のがんであれば治療しても治らない。「がんもどき」なら、がんではないからそれで死ぬことはない。しかし固形がんでは、手術や化学療法、放射線などの標準治療には、延命効果がないどころか縮命効果しかない。著書でこのように断言して、センセーションを巻き起こした。


さらに彼はがん検診に対しても、世界中の最新論文を集めてその効果を否定してみせた。これは、がんは早期発見・早期治療で治る病気になったとする日本の医学界と真っ向から対立していた。そして当然のことながら、彼の主張に全面的に賛同する医師はいなかった。結局彼はほぼ孤立無援のまま、自説を貫き通して生涯を終えたのである。


今の時代、攻撃に臆することなく、自分が正しいと信じた道だけを突き進むような医師は皆無に等しいだろう。だれもが保身のために日和見的な立場を取って、それを恥じることもない。そこには患者の利益のことなど全く念頭にはない。そのため、彼を批判するのは批評家然とした医師ばかりだった。批評家とは、安全な立場に身をおいてひたすら他者の批判に終始し、自分では前向きなことは何もしない人間のことである。


しかし私は、彼の「がんもどき理論」はある程度正しいと思っている。だが実際には、がんと「がんもどき」ではなく、がんと「単なる誤診」ではないのか。つまり、がん(悪性腫瘍)だと診断されたなかに、良性の腫瘍が多く混じっているのではないかと考えている。


もしも良性の腫瘍が悪性だと診断されれば、患者は不必要ながんの治療を受けることになってしまう。すると多大な不利益が生じる。場合によっては治療死すら想定されるのだ。


残念ながら現在のがん検査では、がんかそうでないかを正確に診断できるわけではない。唯一、遠隔転移が確認されて初めて、原発巣ががんだったと診断できる。ところが転移するのを待っていたのでは、手遅れになって助からない。近藤誠の「がんもどき理論」も、がんと「がんもどき」を区別できないところがウィーク・ポイントとなっていた。


しかし私は「アシンメトリ現象」の有無が、がんかどうかの判断基準になると考えている。病院でがんだと診断された人のなかには、「アシンメトリ現象」が見当たらないことがあるが、そういう人はその後も転移がなく、がん死も起こらないようなのだ。


ただし「アシンメトリ現象」の有無の判断は単純ではない。一見すると正常に見える体でも、実際には重度の「アシンメトリ現象」が潜んでいることがある。また逆に、ひどい「アシンメトリ現象」だなと思っても、一時的な症状の場合もある。がんと「アシンメトリ現象」の関係を正確に判断するのは、なかなか困難な作業なのだ。しかしがんかどうかを正確に判定できる試薬でも開発されない限り、現状では「アシンメトリ現象」の有無が最も有効な指標だといえる。


この「がんもどき理論」とは別に、彼の功績のうち、だれにも否定できないのが乳がんの部分切除手術の推進である。今でこそ乳がん治療は部分切除が一般的だが、少し前までは胸筋ごと乳腺をすべて摘出し、リンパ節の郭清まで行う拡大手術が標準治療だった。この拡大手術に問題があることは海外の主だった国では常識となったあとも、日本では相変わらずそのままだったのである。薬害エイズのときと同様、日本の医学界は旧弊に固執するお役所的なシステムなのだろうか。


そんななか近藤氏は実姉の乳がん発症を機に、こういった国内の状況に異を唱えてみせた。ところが専門医たちからは総攻撃されてしまったのである。だが彼はひるまず抵抗を続けた。その勇気ある行動のおかげで、乳房を失わずにすんだ日本女性がどれだけいたことか。


日本の医師たちの間には、「命が助かるなら乳房がなくなるぐらいかまわないだろう」という考え方が横行していた。しかし女性にとって乳房を失うことは、がんであることとはちがった苦しみとなる。当時の医師たちには、彼女たちのクオリティー・オブ・ライフを考慮するメンタリティなどなかったのだ。


彼の「がんもどき理論」については、いずれ時代が判断するだろう。だが乳がん治療に関しての彼の功績は大いに称賛されるべきである。そして当時、拡大手術に固執していた医師たちにも、改めて猛省してもらいたい。


私も「アシンメトリ現象」の発表以来、「医師ではない者がこんなことを書いていいのか」といった口撃や、発言への妨害は受けてきた。しかし理論そのものに対する批判となると、せいぜい重箱の隅をつつく程度で、医学界から面と向かって反論されたことはない。


だが考え方によっては、批判も応援の一種だと捉えることができよう。せっかく発言しても、社会から何の反応もないことほど寂しいものはない。その点、近藤氏は幸せだったのかもしれない。そう思えばこそ、私が四半世紀も続けてきた「アシンメトリ現象」研究の成果をつづった『モナ・リザの左目』が、世の批判にさらされる覚悟は既にできているつもりである。(花山 水清)


2022年10月05日 10時00分

ペットの医療にもモルフォセラピーを

カテゴリー: モルフォセラピー

あなたはペットを飼ったことがあるだろうか。私が子供のころのわが家では、動物好きだった父が連れ帰ったイヌ・ネコ・ニワトリにヒツジまでいて、母は彼らの世話に明け暮れていた。


ペットの好みは、大きくはイヌ派とネコ派に分かれるものらしい。どちらかといえば私はネコ派だが、正確にはイタチ派である。イタチ科のフェレットは、イヌとネコの良いところをあわせ持ったような性格で、たいそうかわいい動物なのだ。しかしイヌ・ネコよりも寿命が短くて、だいたい5年程度で死んでしまう。


昔はイヌやネコもその程度の寿命だった。だが専用のペットフードを与えることで寿命が伸び、今では20年ぐらい生きるものもいる。また最近はニーズが増えたせいか、ごく小さな町にも動物病院があり、ヒトと同じように手厚い医療を受けられるようにもなった。私が子供の時分には、ペットフードだの動物病院だのというのはアメリカのホームドラマのなかだけで、全く別世界だった。


そもそもイヌは番犬、ネコはネズミを捕るものであって、彼らは家畜同様の使役動物だった。ところが今ではペットというよりも、家族の一員として地位が向上した。その序列も、「士農工商・イヌ・ネコ・お父さん」といわれるまでになった。今回はそんなイヌ・ネコの話である。


先日、モルフォセラピーの実践者で、たいへんな愛犬家の女性がある動物病院の話を教えてくれた。東京都内で動物病院を開業しているSさんは、モルフォセラピーの講習を修了した獣医師だ。彼はそのモルセラの技術を、来院患者である動物たちに応用している。その結果、みるみるうちに動物に使う薬の量が減り、手術の回数も少なくなった。あまりにも買い入れる薬の量が減ったので、いつも仕入れている薬屋さんからは、仕入先を別の業者に切り替えたのかと訊かれたほどだという。


確かモルフォセラピーの名称が形態矯正だったころにも、この技術でイヌの腰痛を治して評判になっていた人がいた。ネットで調べてみると、他にもモルフォセラピーでペットを治療している人がいるようだ。しかし専門の獣医師が、ここまで本格的にモルセラを取り入れて動物を治療するのは、初めてのことではないだろうか。


イヌ・ネコといえども、彼らの体の構造に人間とさほどのちがいはない。したがって、罹患する病気の種類も人間とかなり似通っている。まして人間同様の長寿になれば、がんを含めていわゆる成人病になるリスクも増えてくる。


また条件さえそろえば、イヌやネコの体にも「アシンメトリ現象」ははっきりと現れる。特に「アシンメトリ現象」の疾患の代表格ともいえる腰痛は、イヌやウマではごく一般的な疾患なのである。


近ごろは、人間が腰痛で病院に行けば、その9割は精神的ストレスが原因だと診断されてしまう。それでは動物の場合も、腰痛ならカウンセリングでも受けたほうがよいというのだろうか。


だが実際には、動物の腰痛も背骨のズレを矯正すれば症状が消えることが多い。先述の愛犬家の女性も、自分のイヌの背骨のズレを見つけたら、速やかに定位置に戻すようにしている。相手が動物であっても矯正方法には何のちがいもない。唯一のちがいといえば、動物にはプラセボ効果が期待できない点である。


プラセボ効果とは、薬理効果のない偽薬を与えても、一定の割合で治療効果が認められることだ。人によっては、白衣を来たお医者さんに診察してもらっただけで症状が消えることもある。ところが動物には、そのような思い込みは全くない。人間のように、治ってもいないのに治った気になることなどない。


そういえば昔、ある国立大学の有名なサイエンス系の教授が、奥さんに連れられて来院したことがあった。彼は腕にひどい痛みとしびれを抱えていたが、T大病院のえらい先生方に診てもらっても全く治らなかった。そこで奥さんにいわれて、渋々私のところにやって来たのである。


天下のT大病院で治らないものが、病院でもないところで治るはずがない。彼でなくても、そう思う人は多いだろう。だがT大病院の見立てがどうあろうと、彼の腕の症状は単なる頸椎のズレが原因だった。だからそのズレを何回か矯正しただけで、すっかり症状も収まった。


ところが当の本人は、喜ぶどころか納得がいかないので機嫌を悪くした。T大病院の権威が治せないのはまだ理解できても、権威も何もないところで治ってしまうことなど受け入れがたいのだ。科学者としてのプライドが傷ついたのか、私に向かって不快感をあらわにして見せた。その態度を見て、奥さんからこっぴどく叱られていた彼の姿を思い出す。


全くもって人間とは厄介な生き物である。その点、動物はプライドが邪魔することなどない。感情を抜きにして、治ったかどうかだけが問題だ。ある意味では人間よりも科学的に生きられるから楽だろう。


とはいえ、ペットのケアも人間並みにどんどん高度になっている。その分、治療費もかさんでくる。ペットには健康保険が適用されないので、全額実費である分、飼い主にとっては痛手である。その点、モルセラなら治療に大金を払うようなことはないはずだ。薬も外科手術もないのだから、ペットにも負担がない。練習すれば、飼い主が直接自分の手でケアできるようにもなる。それなら時間的にも負担が少ない。これはいいこと尽くめだろう。


われわれは世界中の家庭で、家族の手でモルフォセラピーを実践してもらうのが目標だが、今後はその対象は人間だけでなく、ペットにも広げることを目標に加えてもいいかもしれない。そう考えただけで、私は何だか楽しくなってくるのである。(花山 水清)


2022年09月07日 10時00分

モルフォセラピーなら女性の力を生かせる

「今こそ女性の手で女性の体を守りきろう!」

これはどこかの政党のスローガンではない。モルフォセラピーの話である。


先日、もうじき第二子が生まれる予定の女性から電話が来た。彼女は、そろそろ陣痛らしき痛みが来始めているのだという。ところがモルフォセラピーの実践者である夫が、痛みが出るたびに腰椎と骨盤のズレを矯正すると、たちまちその痛みが消えてしまうのだ。


痛みが出る。夫に矯正してもらう。痛みが消える。そんなことを何度か繰り返しているうちに、「本当に生まれてくるのかしら」と不安になった。そこで私のところに、「モルフォセラピーをやってもらっても大丈夫か」と確認の電話をよこしたのである。


不安にはいくつかの段階がある。最初はわずかな兆し程度だったものが、頭のなかで徐々に増幅していく。その不安の塊が、恐怖の一歩手前まできてマックスになったとき、だれかに相談したくなるようだ。


昔の医者は、患者が熱を出したといって往診を頼みにきても、決してすぐには飛んで行かなかった。熱というのは、ある程度まで上がれば自然に下がってくるものだ。医者はそれを知っている。患者があわてて往診を頼みにくるのは、熱がピークのときであることも心得ている。だから熱が下がり始めるころを見計らって、おもむろに患家に出かけていく。そのタイミングで適当にビタミン剤でも注射すれば、熱が下がって回復に向かう。その結果、患者の周囲からは名医だと持ち上げられることになるのだ。


さて、不安のピークで私に電話をかけてきた彼女も、案の定その日のうちにちゃんと子供が生まれた。しかもかなりの安産だったそうだ。もちろん、モルフォセラピーでは妊娠中の女性や乳幼児への施術は推奨していないので、あくまでも家族の手による施術が前提である。


しかしモルフォセラピーのおかげで、陣痛がやわらいで安産だった話は他でもよく聞いている。また矯正によって背骨のズレがない状態にしておくと、産後の体調不良に悩まされることもなく、授乳のトラブルも少ないようだ。


旧約聖書では、陣痛の苦しみは神から女性に課せられた原罪だとされている。するとモルフォセラピーの実践は、神の意に反していることになるのだろうか。昔ならモルフォセラピーの施術者は、火あぶりの刑に処せられてしまうところである。


それはさておき、今回の女性は結婚前はかなりひどい月経不順だった。そのため妊娠などとても不可能だと婦人科で診断されていたのである。ところがモルフォセラピーを受けてから、生理は順調になった。そして長年の悩みから解放されただけでなく、順調に二人も子供が生まれたのだから、うれしい話である。


彼女だけでなく、初潮から閉経後の更年期まで、何十年にもわたって生理にまつわるさまざまな不調を抱えて暮らしている女性は多い。われわれ男性にはわからない苦しみだが、女性の苦悩は想像の10倍以上だと思っておけばよい。しかしモルフォセラピーによる背骨の矯正によって、それらが解消していく点は重要だ。要するにこれは、背骨のズレがホルモン機能に大きく関与していることの証なのである。


たとえば産後に母乳の出が悪くて、乳腺炎にかかるお母さんがいる。通常なら、そういうときは助産婦(助産師)さんによるマッサージで治してもらうことになる。ところがなかにはあまりに症状が頑固で、マッサージでは全く歯が立たないことがある。そのような状態の人は、乳腺炎の出ているあたりの胸椎が大きくズレてしまっているのだ。


さらに腰椎や骨盤のズレによってホルモン機能が働きにくくなっており、「アシンメトリ現象」による左右差もひどくなっていることが多い。したがってそれらのズレをことごとく矯正すると、てきめんにマッサージの効果も上がる。


このような矯正も、モルフォセラピーのなかでは特にむずかしいレベルの手技ではない。少し練習すれば、だれでも結果を出せるようになる。特に乳房はホルモン機能が正常になった途端、硬い氷が解けていくように極端な変化を見せる点も、施術者としては興味深いだろう。


しかしどんなにかんたんであっても、施術者が男性の場合は、その対象はだれでもいいというわけにはいかない。男性が女性の胸のあたりに触れることは、誤解を生みやすくてトラブルの原因にもなりかねないからだ。


こんなときこそ女性の出番である。女性が女性に施術すれば、男性ほど問題視されることはない。しかも男性とちがって、女性の場合は単なる知識としてではなく、実感を伴って女性の体の問題に対処できるから、やりがいも大きいだろう。


とはいえ、一般の女性には自分以外の女性の体に触れる機会がない。他の女性の胸に触れた経験などない人が大半だ。そのため、女性の体について何も知らない女性は多い。ところが女性の皮膚や筋肉、骨などの体の特徴は、ホルモンの影響が大きい分、個人差も非常に大きいのである。だから女性といえども、女性の体については改めて勉強する必要があることは知っておきたい。


概して女性の体は男性よりもかなりデリケートにできている。そのような繊細な体に対しては、モルフォセラピーのように力を抑えた手技が最も適しているし、効果も大きい。また他の療法に比べて使う力が極端に小さくてすむので、女性の手でもやりやすい。


これらのことからみても、女性がモルフォセラピーで女性の体の問題に対処するのは適任だろう。そこで今後は、女性のモルフォセラピー実践者を積極的に育成し、女性の体のオーソリティを増やしていきたい。


あなたのまわりでも、長年婦人科系の疾患で悩んできたが、モルフォセラピーの体験で改善した女性がいるはずだ。そういう人にこそ、モルフォセラピーの習得を勧めてみていただきたい。それが前著『その腰痛とひざ痛、モルフォセラピーなら、おうちで治せる!』にも書いたように、「幸せの連鎖」につながっていくと私は思っている。(花山 水清)


2022年08月03日 10時00分

新刊『モナ・リザの左目』発売にあたり

先月末、私の25年にわたる「アシンメトリ現象」探究の集大成として『モナ・リザの左目』が出版された。この本は構想に5年以上を費やし、何度も書き直し続けてついには69稿にまでなった。だがこれだけ完成度を上げたのに、本として出してくれる出版社がなかなか決まらず、足踏み状態が続いていた。


確かに、この20年で書店の数が半減したという話まで耳にするほど、出版業界は不況の真っただ中である。まして今回の本は医学界や美術界のタブーだけでなく、環境問題にまで踏み込んだ内容だ。出版社が二の足を踏むのも理解できないわけではない。私としては渾身の力をこめて仕上げた原稿だが、このまま日の目を見ることなくお蔵入りとなるのか。そんなあきらめとともに、厭世的な思いが朝に夕に私を襲うようになっていた。


ところがある日、私のところに取材に来ていた新聞社の記者の方に、たまたまこの原稿の話をしたら、「出してくれそうな出版社を探してみる」と請け合ってくださったのである。これはありがたい。長いトンネルの向こうに、一筋の光がさしたようだった。そこで即座にその新聞社あてに企画書と原稿を送り、「期待してはいけない」と自分にいい聞かせながらも、楽しみに返事を待っていた。


それからまた数か月が過ぎたころ、その記者さんから「藤原書店の社長に会いに行きましょう」と連絡が来た。藤原書店といえば、現社長の藤原良雄氏が一代で築き上げた、硬派で知られた出版社である。私の手元にあるのも、水俣病を扱った社会派の作品だ。


藤原書店では、たとえ人気作家だろうと、ただ売れているだけでは出版にはならない。原稿を採用する際に、その内容に明確な社会的意義が求められているようだった。それなら「アシンメトリ現象」の意味を伝えれば、理解していただけるかもしれない。もう後がないと感じ始めていた私は、この面談に賭けた。


面談の日、前夜から緊張していた私は、初対面のあいさつもそこそこに、「アシンメトリ現象」の存在が社会に認知される重要性と、そのために私がこれまでやってきたことを一気に訴えた。話し始めてどれぐらいの時間が過ぎただろうか。ふと、われに返って言葉を切った。もう伝えるべきことはいい尽くしたのではないか。そう考えていると、それまで私の話にじっと聞き入ってくれていた藤原社長が大きくうなずいて、「うちで出しましょう!」と力強くいってくださった。


その言葉を聞いて、これまでの25年が頭のなかを駆け巡る。「アシンメトリ現象」の発見は、私に託された神からの預言だとまで思い詰めていた私も、これでようやく肩の荷が降ろせる。この安堵と喜びの気持ちは言葉にならない。


当たり前のことだが、出版というのはただ本が出ればいいというものではない。どこの出版社から出るかで、その本の信頼度は全くちがったものになる。それが「あの」藤原書店から出るとなれば、「アシンメトリ現象」の信憑性も大いに高まる。これがうれしくないはずがない。


今までの私の本3冊は健康本だけだった。健康本を出したいと願ってきたわけではないが、結果としてこうなった。本屋に行くと、小説・ノンフィクション・医学・学術など各ジャンルでコーナーが分かれている。そのうち健康本は医学の専門家以外の、ごく一般の人がターゲットである。そうなると、必然的に文字を減らして読む部分を少なくし、写真やイラストを多くする必要がある。パッと見で素人受けするような構成になっていないと売れないのだ。


その結果、健康本のコーナーに置かれれば、文字の多い本など見向きもされない。いくら「アシンメトリ現象」の重要性を伝えようとしても、周りのハデハデしい本のなかに埋没して、存在感が薄くなってしまう。しょせん健康本のジャンルでは、私の伝えたいことと読者のニーズとの温度差は埋められない。


そこで今回は戦術を変更した。健康本ではなく一般書として、より広い読者層に向けて出すことにしたのである。すると文字数も多くできるし、本格的な読書家にも納得してもらえるはずだ。何よりも日ごろ私自身が、こんな本に出会いたいと願ってきた内容に仕上げられた。


そもそも私は美術が専門である。美術家である私にとって、健康業界に身を置くことは全くのアウェイでの闘いだったのだ。しかし『モナ・リザの左目』は美術を基軸としたおかげで、やっとホームグラウンドに戻れたわけである。その上で、読み物としてのおもしろさに力点を置いたので、新しい読者の反応が楽しみだ。


「アシンメトリ現象」の解消を目指すモルフォセラピーに明確なセオリーがあるように、出版業界にも売れる本のセオリーがあるという。まずはだれもが知っている話だけで展開し、そこにほんのわずかに新鮮みをもたせたネタを添える。それだけで読者は大いに満足するものらしい。


「オリジナルの話はウケない」と、大ベストセラー作家である養老孟司さんが書いているのだから、その通りなのだろう。ところが私が書いた話は、すべてがオリジナルである。したがって、だれもが聞いたこともない話ばかりなので、セオリーからは大きく逸脱している。果たして読者はついてきてくれるだろうか。いささか心もとない気もする。


だが私には、真実はいつか必ず伝わるという信念がある。現に、以前この原稿を読んだある出版社の編集長も、内容には太鼓判を押してくれた。うちではカテゴリーが合わないから出せないが、これなら必ず出してくれるところがある、賞が狙えるとまでいって励ましてくれたのだ。


しかもノンフィクションとしての読みごたえを求める読者層に向けて、さらに内容を深め、ページ数も増やしたほうが良いといってくださった。そのアドバイスにしたがって、大幅に書き直したおかげで厚みも倍になり、自分としても書きたいことを過不足なく書き尽くせた。


今の出版業界では、本の寿命が短い。次々に新しい本を出し、売れなければ即座に断裁して絶版にしてしまう。そのため本が市場にとどまる期間はどんどん短くなっている。2014年に出した『からだの異常はなぜ左に現れるのか』が、現在も売れ続けているのはかなり珍しいことだ。しかし健康本である以上、対象となる読者層が薄い。だから今回初めて一般向けに書いた『モナ・リザの左目』は、「アシンメトリ現象」が世界に認知されるその日まで、何としても市場にとどまり続けてくれなくてはならないのだ。


その点、今回お世話になった藤原書店では、めったなことでは絶版にはしない。自社の本を長く売り続けるのがモットーであるらしい。私もロングセラーを意識して、『モナ・リザの左目』が何年経っても古びないように内容を厳選した。しかもいつ「アシンメトリ現象」が脚光を浴びても遜色ない仕掛けも施してある。


本書には、これまでメールマガジンやブログで取り上げてきたキーワードがちりばめられている。そのため、昔からの読者のなかには既視感を覚える部分もあるかもしれない。しかし1冊の本としてまとめることで、初めて「アシンメトリ現象」の全体像を俯瞰できるようになった。おかげで、この現象がいかに広範にわたって人類に影響を及ぼしてきたか、その重要性を改めて認識していただけると思う。


さらにモルフォセラピーの実践者にとっては、「アシンメトリ現象」への理解がモルフォセラピーの理論の背骨となるはずなので、この機会にぜひ本書をご一読いただきたい。そして末永く手元に置き、折に触れて読み返していただけることを心から願っている。(花山 水清)


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◆『モナ・リザの左目』花山水清(藤原書店)


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2022年07月06日 10時00分

「自分の体は自分で治す」のがモルフォセラピーの目標

カテゴリー: モルフォセラピー

私は毎月、バスと電車と飛行機を乗り継いで、ちょっとした小旅行レベルの出張を繰り返している。その先月の出張の際、バスに乗り込んだ私は、動き出したバスのなかで腰にわずかな違和感を覚えた。先週の庭仕事で傷めた腰がまだ治りきっていないのだろう。そう考えた私は、大して気にもせずにそのまま空港行きの電車に乗り換えた。


ところが電車が予定通りに動き出した途端、腰に衝撃が走った。とんでもない激痛である。電車が揺れるたびに「ギャッ」と声が出そうになる。しかし月曜朝の車内は通勤客で混み合っている。自分の腰に手を回して矯正することなど、とうていできそうもない。しかも、あまり苦しそうな顔も見せられない。親切な人が電車を止めてしまうかもしれないので、私は平静を装った。


だが強烈な痛みは次第に度合いを強めていった。額には脂汗が流れる。しまいには吐き気までしてきたが、それでも襲い来る痛みをじっとがまんした。そうやって1時間半耐え抜いて、やっと空港のある終着駅に着いた。


それなのに私には立ち上がることも歩くこともできない。他の乗客が全員降車したあとのガランとした車内で、しばらく思案する。このまま折り返して帰るしかないのか。いや、そうもいかない。今日から一週間の予定が頭をよぎった。そこで意を決して、そばにある手すりに手を伸ばす。転倒だけは避けたいので、体を支えながら立ち上がる。また痛みとともに汗が吹き出る。それでもにじり出るようにして、何とか電車から降りることができた。


そうしてやっとのことで腰に手を伸ばし、この強烈な痛みの原因となっている背骨のズレを探す。すでに腰全体が熱をもって腫れ上がっていた。やはり相当な重症である。どうやらズレているのは1か所ではなさそうだ。腰椎だけでなく仙腸関節まで大きくズレていた。


いつもなら自分の腰などおざなりな矯正しかしないが、今日は真剣だ。ズレたところを根気よく何往復も矯正し、かろうじて歩けるまでになった。その一部始終を興味深げに見ていた売店のおばさんも、歩き出した私を見て安堵の表情を浮かべていた。


あとは飛行機の出発時刻まで十分時間があるので、ひたすら歩くことでリハビリに努めた。その甲斐あって、無事に予定通りの便に搭乗できた。とはいえ、飛行機もよく揺れる。機内でズレがぶり返すことは目に見えていたので、また自分で矯正できるように広めのシートに予約変更できたのは幸いだった。


さてやっと羽田に着いたと思ったら、また電車に乗らねばならない。いつもなら遠慮がちに座るシルバーシートだが、今日はそういうわけにはいかない。周囲の若者を目線で威嚇しながら、堂々と座らせてもらう。そんなこんなでようやく事務所にたどり着いたときには、ほとほと疲れ切っていた。


だが、これがモルフォセラピーなど知らない人だったら、この程度ではすまない。電車のなかで動けなくなったのだから、担架で救急車に乗せられて、そのまま入院することになっただろう。土壇場での予定キャンセルは、多くの人に迷惑をかけることにもなる。そうならずにすんだので本当に助かった。おかげで今回は、わが身をもって改めてモルフォセラピーの威力を認識できた。また、歩けることのありがたみもつくづく思い知らされた。


そういえば以前、私が乗るはずだった飛行機が機長急病のため欠航になったことがある。ひょっとしたらあの機長も、私のようにぎっくり腰で動けなくなったのかもしれない。もしそうだったら、飛行機が飛び立ってからでなくてよかった。


パイロットにかぎらず、だれでも急な腰痛で動けなくなれば大変なことになる。救急搬送されてしまう人も大勢いるはずだ。しかしモルフォセラピーの技術を知っていれば、そんな状況でも自分の手でどうにかやり過ごすことができる。別に自分でなくても、そばにいるだれかに背骨のズレを矯正してもらえばすむ。職場の同僚でもいいし、学校の同級生でもいい。もちろん家族同士で矯正するのがもっとも効率がいいだろう。だからこそ、モルフォセラピーは家庭内での実践を特に推奨しているのである。


私は常々「自分の体は自分で治す」のは「自分の身は自分で守る」のと同じで、生き方の基本だと思っている。だが最近の日本ではこの考え方は通用しない。すぐに他人に頼ろうとする人が多いようだ。この傾向は医療では特に顕著だろう。だからちょっと調子が悪いとあわてて病院に駆け込む。周りの人も当然のように病院での検査を勧めてくる。そして医師から「問題ありません」の一言を聞くために、多大な労力を費やすことになる。


実はこのように日本人が何かにつけて病院に頼るようになったのは、ごく最近のことである。1961年に国民皆保険制度が運用され始めた当時は、多くの国民はなかなか病院へ行こうとしなかった。そこで考え出されたのが、定期健康診断制度である。この制度の導入を境に、だれもが健診の結果に一喜一憂し、結果が悪ければ自動的に通院するようになった。その甲斐あってか、今では病院で検査さえしてもらえば病気予防になると錯覚するようにまでなった。つまり、みなが病院依存症患者になったのだ。


こうなると体のことは全て医者任せで、患者は指示に従うだけのものになってしまった。これは見方によっては異常な状況だ。自分で自分の体のことがわからないのは、他人に「私は今どこか痛いところがありますか」とたずねるようなものである。

本来なら人間は自分の体の異常は自分で感じ取り、自分で対処するのが当たり前だ。そういうと、「そんなこといわれてもどうすればいいのかわからない」、「もしものことがあったらどうするんだ」と不安がる。


ところが「アシンメトリ現象」の成り立ちを理解して、モルフォセラピーを実践すれば、かなり広範囲の不調にも自分で対処できるようになる。そうするとよほどの感染症や大ケガでもない限り、医療に頼る必要がなくなる。その結果、本当に必要な人だけに適切な医療が行き渡る。これこそがモルフォセラピーの目指すところであり、真の社会貢献になると私は思っている。(花山 水清)


2022年06月01日 10時00分

施術のリスクとどう向き合うか

カテゴリー: モルフォセラピー

以前ある治療家の元へ、重い腰痛の患者が訪れた。あまりにひどい背骨のズレを見て、思わず彼は「これは大変でしたね」と口にした。するとその患者ばかりか、付き添ってきた母親までが「やっとわかってもらえた」といって涙ぐんだのだという。まだ何の治療もしていない段階でこれほど感激されるとは、その苦しみはよほどのことだったのだろう。


たしかに背骨のズレによる症状は、どれだけ病院を渡り歩こうが、どんな検査を受けようが、決して診断に至ることはない。病院での検査には、背骨のズレという項目は存在しないからだ。病院での検査で問題が見当たらなければ、医師たちには治療するどころか診断すらできない。すると医師は「(この状態で)痛いはずはないんですけどね」などといって、患者の切なる訴えを否定することもある。


そこで患者が自分の症状を強く主張してみたところで、その症状は精神的なものだとかんたんに片付けられてしまう。かくして柳澤桂子の『認められぬ病』のように、患者の孤独な闘いが始まるのである。その一方で医師たちは、自分たちにとって原因不明の症状に出会うたび、現代社会のひずみがいかに人体に影響を及ぼしているかを説き続けることになる。


実はこういった状況は日本だけに限った話ではない。背骨のズレが原因の「認められぬ病」の患者は世界中にあふれているのだ。しかし彼らがモルフォセラピーに出会う確率はかなり低い。運良く巡り合えたとしても、すべての人がその苦しみから解放される保証はない。

もちろん背骨のズレによる症状は、そのズレた背骨を正しい位置に戻せば解消する。これは至ってかんたんなメカニズムである。だがズレた背骨を矯正することには、思わぬリスクが伴うこともある。


たとえば肩たたきは、だれもが一度は体験していることだろう。相手の肩をたたいたり、逆にだれかにたたいてもらったりすることで、肩たたきには治療と同時にスキンシップの要素もある。その肩たたき程度のことで、よもや危険が及ぶなどとはだれも思いもしない。肩たたきのせいで血流が突然変化して、貧血のような症状が起きたなどという人もいないはずだ。ところがモルフォセラピーでは、そのようなことが起こり得る。しかも肩たたきの10分の1ほどの力も使わず、ほんの一瞬触っただけでも起きることがある。


かつて私にもその経験があった。肺がんと心筋梗塞の病歴をもつ方が来院されたので、体を見ると胸椎3番と4番が極端にズレていた。このズレが、肺がんと心筋梗塞の発症に関与しているようだった。


しかし私は慎重かつ臆病なので、そんな病歴がある人の背骨のズレをいきなり戻すようなことはしない。かなり用心しながら少しずつ矯正していく。そのときもわずかに指が触れた程度だった。それなのに、あれほど極端だったズレが、一瞬で見事に収まってしまったのである。途端に彼の顔に赤みが差した。それと同時に私の顔からは血の気が引いた。彼は「血がグルグル回っている」といって、経験したことのない血流の変化にとまどっている。


この状態は、それまでせき止められていたダムの水を一気に放流したようなものだ。勢いよく流れていった先で、どのような変化が起こるかを完全に予測することはできない。このときは、横になって少し休んでいてもらったら落ち着いたのでホッとした。今思い出しても冷や汗の出る体験だ。


モルフォセラピーは、よく切れる刃物のようなものである。触れるか触れないか程度の力でも、矯正の角度と力の向かう方向が的確なら、とんでもないズレでもたちまち矯正できてしまう。背中のかゆいところを一かきした程度のわずかな力であっても、急激な血流の変化が起きることがある。こんなことは常識では考えにくいだろう。


こういった変化がすべての人に起こるわけではないが、どのような状況ならリスクがあるかを完全に見極める方法もない。モルフォセラピーで背骨のズレを戻すことはたやすいが、そのズレを今、どの程度まで戻してよいかの判断がむずかしいのだ。私の経験上は、甲状腺疾患の人、体内にステントを入れている人、虚弱体質の女性などには、極端な血流の変化によって、妙な症状が起こりやすいようである。


実際のところ、人体に外から力を加えると何が起きるのか。それがわずかな力であっても、その衝撃が体内に引き起こす結果をすべて把握することは、最先端の科学でも不可能だろう。


自分の目の前に、途方もなく高額で世界に1台しかない精密機械が置かれたとする。それをいきなりたたいてみる人などいない。壊れてしまったら取り返しがつかないから、まずは「手を触れないようにしよう」と考えて距離をおくはずだ。ヒトの体についても同様で、手を触れずにすむものなら、それに越したことはない。施術においてはそういうわけにもいかないのが悩ましいところである。


私の古い知り合いに、カースタントで有名なTさんがいる。彼は長年の仕事を通しておびただしい数の骨折を経験してきた。だがそれは決して無謀なことをしたからではない。彼は常々「イチかバチかで勝負をするのは素人だ。先の先まであらゆるアクシデントを想定したうえで、安全に仕事をこなすのがプロフェッショナルなのだ」といっている。従ってその骨折もやむを得ぬシチュエーションの結果なのである。


「あらゆるアクシデントを想定したうえで安全に仕事をこなす」


私も、これこそがモルフォセラピーの第一義であるべきだと肝に銘じている。(花山 水清)


2022年05月04日 10時00分

間質性肺炎の咳や胃潰瘍の痛みへの対応

モルフォセラピーの手技はいたってかんたんである。私の書いた本や手技のDVD、ネット配信の動画を見ただけで、ある程度マスターしてしまう人もいる。介護の仕事に、モルフォセラピーを取り入れているSさんもその一人だ。


 モルフォセラピーのDVDを見たSさんは、高齢者施設でお年寄りの世話をしながら、背骨のズレを見つけてはすかさず治すことを日課にしている。
 当のお年寄りたちは、やさしく背中をさすってもらっているとしか感じていない。それでも日常の動作の一つとして、背中をさすりながら矯正しているうちに、みな元気になっていくのがSさんにはわかる。今までほとんど歩けなかった人が、歩けるようになったこともあった。だれに褒められるわけでもないが、やさしいSさんとしてはお年寄りが元気になるのがうれしくてたまらない。ますます介護にもやりがいが増しているようだ。


 このようにモルフォセラピーというのは、たとえだれかに直接教わらなくても、日々実践していれば必ず上達する。実践を重ねた経験こそが上達の秘訣なのである。


 そんなSさんが、あるときおもしろい発見をした。
 いつものように高齢者の体に触れてみると、感触が他とはちがっているところがある。そこだけ弾力が失せているのだ。その部分を注意深く指先で探っていくと、奥にブツブツとしたものがあるのを感じた。そこで弾力のない部分の中心に向かって、まわりから指先でそっと圧をかけてみた。すると弾力の失せた部分に、少しずつ張りが戻ってきたのである。
 Sさんにはそれが何なのかはわからなかったが、張りが戻ったのは悪いことではないと感じたという。この話を人づてに聞いて、私はたいへんうれしかった。


 モルフォセラピーの目的は、背骨のズレの矯正による「アシンメトリ現象」の解消である。しかし疾患の原因の全てが背骨のズレというわけではない。背骨のズレが原因でなければ、その症状に対しては全くちがったアプローチが求められる。今回のSさんが行なった手技もその一つである。彼はだれにも教わらないのに、自然にこの技術を会得したのだった。


 それでは彼が行なった手技とはどのようなものだろうか。
 体の組織というのは、健康体であればどこに触れても同じように感触は均質だ。ところが「アシンメトリ現象」では、左の起立筋が右に比べて緊張して硬くなっている。また打撲などの場合は、組織が部分的に硬く腫れ上がる。


 それとは逆に、Sさんが見つけたように組織の弾力が局所的に弱まっていることがある。たとえば、かつて肺炎や結核を経験した人の胸部を見ると、病巣があった辺りは弾力が失われてへこんでいる。過去にそのような病歴がないのであれば、肺がんではないかと疑うことになる。つまり組織の張りがなくなっているのは、現在何らかの病巣があるか、かつて炎症を起こした痕跡だと考えられるのだ。
 そして何らかの炎症があると、Sさんが見つけたようにブツブツとしたリンパの腫れらしきものが指先に当たる。この感触の有無が、その状態が正常か異常かを見きわめる目安にもなる。


 最近、新型コロナウイルスによる肺炎が問題となっているが、もっとも治りにくい肺炎に間質性肺炎がある。間質性肺炎は、抗がん剤などの薬物投与によって引き起こされる肺炎である。
 この間質性肺炎にかかって以来、咳が止まらなくなっている男性がいた。彼は病院で、ありとあらゆる治療を試みたが一向に咳が止まらない。あとは自然治癒を待つより他に手がない状態だった。


 実は間質性肺炎による咳だと診断されていても、その咳の原因は単なる胸椎のズレだったということは多々ある。そのため、原因となっている胸椎のズレを矯正すれば咳が止まる。ところが彼には、犯人らしき胸椎のズレが見当たらない。しかし肺そのものの異常が、咳の原因となっていることは明らかだった。


 咳が続いている場合、胸椎がズレていなくても肺の周辺には何らかの異常が見られるはずである。そう考えて彼の胸部を丹念に調べてみると、第3胸椎から第5胸椎の右側の部分だけ、組織の弾力が消えていて明らかに張りがない。


 こういう状態のときは、その弱った組織に向かって周囲から指先で軽く1分ほど圧をかける。さらに圧をかける方向を次々に変えながら、この動作を何度も繰り返す。すると弱っていた組織の部分に張りが戻ってくる。それと同時に、それまで散々彼を苦しめていた咳も止まった。「あ~空気が奥まで入っていく!」といいながら、彼は深呼吸してこの大きな変化におどろいていた。
 もちろんこれで間質性肺炎が治ったわけではない。だが、ひどい咳を止めてあげることで炎症がおさまれば、自然治癒が早まる可能性も出てくるのだ。


 咳だけでなく、胃潰瘍の激しい痛みに対してもこの手技で対処できる。まずは背骨のズレの有無を確認し、ズレの矯正を行なったあと、患部付近にそっと圧をかけて炎症を抑えてやると、症状が緩和されるので試してみるとよい。


 そういえば私は年齢のせいか、ここのところ誤嚥の回数が増えた。米粒のような小さなものが気管に飛び込んで、激しく咳き込んでしまうのだ。誤嚥性の肺炎は、高齢者などではしばしば命取りになるから油断できない。私の場合、誤嚥したときにはいつも第5頚椎の右側あたりにしこりができる。そのしこりに指先で圧をかけ続けると、必ず誤嚥したものがポロッと出てくる。


 こういった手技はだれでもできる単純なものなので、背骨のズレの矯正とあわせて使えば、より多くの場面に対応できて心強いだろう。モルフォセラピーは、その実践者がそれぞれ工夫した技術を研究会などで共有し、そこからさらに進化させ続けていくことが望ましいと私は思っている。(花山 水清)


2022年04月06日 10時00分

「神の手」から「神の手の内」へ

私は「アシンメトリ現象」の解消を目指して、20年以上にわたって人体と向かい合ってきた。その集大成がモルフォセラピーとなり、今では多くの方に実践していただいている。


 モルフォセラピーの習得者には医師や理学療法士、柔道整復師などの医療のプロだけでなく、アマチュアのままで活躍している人も大勢いる。そのなかの一人のMさんは、この技術を仕事先での信頼構築に活かしているそうだ。


 あるときMさんは、商談中のお得意様が腰痛で苦しんでいるのに気がついた。そこで「少し腰に触ってもいいですか」と了解を得てから、すかさず腰椎のズレを見つけ出し、その場でサッと戻してしまった。ほんの数分でたちまち痛みが消えたので、驚いたお得意様は思わず「神の手だ」とうなったという。これでMさんに対する信頼も大きなものになったことだろう。


 実はこんな話は、モルフォセラピーの実践者にとっては珍しいことではない。「神の手」とは治療効果に対する最大級の褒め言葉である。だがモルフォセラピーを実践している人なら、だれでも一度はこの称賛を耳にした経験があるはずだ。
 
 世には自称「神の手」もあまた存在する。また治療家を志す者の多くは、「神の手」となることで業界のカリスマを目指そうとするものだ。しかし今はそんな時代ではない。たかが腰痛を治した程度で有頂天になるようでは、あまりにもスケールが小さい。日本モルフォセラピー協会では、世界中を「神の手」で埋め尽くすべく「神の手」の大量育成を目指しているのである。


 もちろんどれだけ「神の手」を生み出したとしても、本物の神の手を創れるわけではない。神ならば、100%全ての腰痛を治せなくてはならないからだ。それでも神に近づこうとする努力は評価されるべきである。


 では実際のところ、モルフォセラピーの効果はどれほどなのだろう。モルフォセラピー医学研究所関野吉晴先生は、腰痛に対するモルフォセラピーの有効性は7割ほどではないかと話していた。私もだいたいそれぐらいではないかと思っている。本物の神には及ばないとはいえ、有効性7割は医学的常識から見れば信じがたい数字である。
 通常の医療では、プラセボ効果の3割を超えさえすれば治療効果ありと認められる。野球なら3割を超えれば強打者だが、7割バッターなどあり得ないのだから、モルフォセラピーの効果には自信をもってよい。


 しかし野球とちがって、民間療法の世界では加算方式ではなく減算方式で評価される。効果が現れなかった3割の人にとっては、7割の有効性など関係ないどころか、全否定の対象となる。こちらでは「神の手」とあがめられる一方で、あちらでは不審な目で見られてしまうのである。


 それではなぜ治らない人がいるのだろうか。施術者の単なる技量不足を除くなら、答えは大きく3つに分けられる。


 1つ目はかんたんな話で、その症状の原因が背骨のズレではない場合である。これは案外少ないが、ある一定数は存在している。


 2つ目は、患者の安全性を考慮して、施術者が安易には手を出せないケースだろう。具体的には、患者が妊婦や成長期の子供であるとか、骨粗鬆症、がんの骨転移、血栓、動脈瘤などがあるときだ。


 患者本人から「大丈夫だからやって」と強くいわれることもあるが、この状態の体に触れること自体に危険が伴うので、信頼関係のある家族以外は手出しすべきではない。
 またモルフォセラピーのように微細な力でなければ、さらに危険であることはいうまでもない。だが医学知識のない人は、施術を受けることにリスクがあるという認識がない点も知っておきたい。


 そして3つ目は、矯正の効果がその場ではわからなかった場合である。モルフォセラピーの有効性7割とは、あくまでも矯正直後の話なのだ。しかし施術の場では効果が実感できなくても、数時間後や翌朝に症状が消えていることは多いものである。


 しかし患者としては、その場で効果が感じられなければ満足度が低い。翌日になってから症状が消えていることに気づいても、「自然に治ったのかな」という程度にしか認識してもらえない。それが施術者としては悩ましいところなのである。


 ある整形外科医の本には、半年後の追跡調査の結果まで治療効果の実証データに含めていた。半年もたってからでは、腰痛が治ったのは自然治癒だった可能性も大きいはずだ。これが民間療法であれば、半年後の結果など全く評価に値しない。こちらの世界はそれほど甘くはないのである。


 このように見ていくと、「治らなかった」とされる背景には一定の傾向があることがわかる。失敗の法則を見つけるのはたやすいものだ。逆にいえば、成功は偶然にでも起こる。しかし治った理由が「たまたま」であってはならない。


 そこであえて、なぜ治ったのかの理由を極限まで掘り下げていく必要がある。そのしくみを解明することが、人体の普遍的な法則の探究になるのだ。モルフォセラピーでは、それが「アシンメトリ現象」の発見につながった。


 したがってわれわれは、決して「神の手」と呼ばれることに安住してはならない。各自が技術の安全性や効率を高めるだけでなく、施術を通して「神の手の内」まで知り尽くそうと努力することが最も重要なのである。(花山 水清)


2022年03月02日 10時00分

頭痛のタネと片頭痛

カテゴリー: モルフォセラピー

悩みごとの原因を体の痛みになぞらえて「頭痛のタネ」と表現することがある。この場合は実際に頭が痛くなるわけではない。しかし頭痛そのものが「頭痛のタネ」だという人は少なからずいる。


 一口に頭痛といっても、その原因はくも膜下出血のような重大疾患から、睡眠不足や二日酔いに至るまでさまざまだ。頭痛のなかでも最も一般的なのが片頭痛だろう。片頭痛はその字の通り、頭の左右どちらか片方にズキンズキンと血管が拍動する痛みが生じる。
 医学的には頭部の血管が拡張することで片頭痛になると考えられているが、その大本の原因が解明されているわけではない。そのため痛みの根本にアプローチするような治療法も確立されていないのである。


 ところが最近、片頭痛の原因に作用するといわれる3種類の新薬が発売された。これらは血管拡張性神経ペプチド(CGRP)の受容体に作用することで片頭痛に効果があるという。私はこの薬の記事を読んで、20年ほど前に発売されたイミグランのことを思い出した。イミグラン(スマトリプタン)はセロトニンの受容体に作用して片頭痛に効果を発揮する画期的な薬だと大々的に報じられていたのだ。


 イミグランと今回の新薬とは作用する受容体がちがうだけで、両者とも血管拡張を抑える働きをする点は同じである。ただイミグランとちがって、新薬では今のところ大きな副作用は報告されていないようだ。これで片頭痛から開放されるのなら朗報なのだが、まだこれだけで「頭痛のタネ」が消えるわけではない。そこで今回はモルフォセラピーとして片頭痛を考察してみたい。


 ご存じのように片頭痛はモルフォセラピーの矯正の対象である。もちろん片頭痛の原因となっている頭蓋や頚椎のズレの方向が、胸椎や腰椎と同様に左一側性であることに変わりはない。また、ズレによる症状が左右のどちらにでも出る点も同じである。しかし片頭痛の症状が右に出るか左に出るかによって、その矯正法ははっきりとちがうものになる。


 たとえば頭の右側に痛みがあるとき、頭を斜め左に倒して第1頚椎と第2頚椎の棘突起の右側にしこりがあるのが指先に当たるなら、これは頭蓋と第1頚椎がズレているのである。この場合、頭を右に倒してみても左側にはしこりがない。それが確認できたら通常通りに矯正する。ズレ幅が小さいようなら、しこりに指先で圧をかけ続けるだけでも症状が消えるはずだ。


 片頭痛に限らず、ほとんどの頭痛は主に頭蓋や頚椎1番、頚椎2番あたりのズレに起因している。そのズレによって椎骨動脈や頚動脈に機械的な力が加わると、頭部に動脈炎のような症状が現れる。これは体のどこかを打ち付けたとき、ズキンズキンと拍動する痛みが出るしくみにも似ている。


 ところが頭蓋や頚椎のズレは血管だけでなく交感神経をも刺激するので、興奮した交感神経の作用によって血管は収縮する。従ってズレを矯正すると、交感神経の作用が収まって血管が拡張することになる。これは医学的な説明とは正反対の結果なのである。


 先述したように、医学的には片頭痛の原因は血管拡張だとされている。だからこそ薬によって血管を収縮させれば症状が抑えられると考えるのだ。しかしズレという現象を基準にするなら、やはり私には血管拡張が片頭痛の原因だとは考えられないのである。


 血管拡張と聞くと、私たちはホースが膨らむように均等に血管が広がっている姿をイメージする。しかしそのように血管が拡張しただけで片頭痛が起こるものなら、だれもが毎日片頭痛を体験していなければならない。しかも単なる血管の拡張が原因ならば、なぜ痛みが左右の片側だけに出るのかの説明もつかない。片頭痛のしくみはそれほど単純ではないはずだ。


 では片頭痛発生時の血管には、どのような変化が起きているのだろうか。
 片頭痛と似た症状に三叉神経痛がある。三叉神経痛も片頭痛と同じく頭蓋や頚椎のズレによって引き起こされている。これらのズレを矯正することで症状が消える点からみても、症状と原因との因果関係は明白だ。そしてこの三叉神経の興奮が、強力な血管拡張作用をもつCGRPの放出の引き金であることも知られているのである。


 これらのことから何がわかるだろう。
 まず頭蓋や頚椎のズレによって交感神経が刺激されると血管が収縮する。しかしその際、ズレは三叉神経をも刺激してしまうため、CGRPの放出によって血管が拡張する。拡張した血管は、頭蓋や頚椎のズレの部分で圧力が増すことになる。これが痛みを引き起こしているのである。
 このようなストーリーによって片頭痛が起きると考えれば、血管の拡張、収縮と片頭痛の有無のつじつまが合う。片頭痛の症状が左右の片側だけに現れる理由も、そこにズレが介在しているからなのだ。


 しかし「頭痛のタネ」は他にもまだ残っている。仮に新薬が効果を発揮したとしても、それは一時的な症状の緩和に過ぎない。頭痛の原因となっている頭蓋や頚椎のズレが解消されなければ、患者は薬に依存し続けることになってしまう。その頭痛薬への依存が新たな頭痛を生んでいることも、医学的には周知された事実なのである。


 それだけではない。頭蓋や頚椎のズレによる血管への刺激が続くことは動脈硬化の原因にもなり得る。そのような状態で頭痛薬によって血管を収縮させ続けていると、いずれは脳血管障害を発症する危険性まであるのだ。


 従ってモルフォセラピーにおいても、片頭痛や慢性頭痛の患者への施術には特に注意したい。ズレの矯正によって急激な血管拡張が起これば、一過性の脳虚血発作を引き起こす可能性もゼロではないからだ。
 少なくとも初めての患者に対して「一発で決めてやろう」などと意気込むことは控えたい。モルフォセラピーの効果を確信しているからこそ「安全第一」を旨とし、はやる功名心を抑え込む謙虚さを忘れないでおきたいものである。(花山 水清)


2022年02月02日 10時00分

胸椎のズレによる心臓の異常はなぜ増えているのか

昨秋(2021年)、厚生労働省から新型コロナウイルス感染症のワクチン接種による心筋炎への注意が呼びかけられていた。心筋炎とは、ウイルスなどによって引き起こされる心臓疾患であるが、この心筋炎とは別に、私が最近気になっているのは、心臓の異常を訴える人が増えていることだ。狭心症のように心臓の鼓動がトトトトッと速く打ち、それと同時に胸の痛みや息苦しさを感じる人がやたらに多いのである。


 狭心症はほとんどの場合、高血圧による動脈硬化が原因だとされている。しかし私が指摘している狭心症的な症状は、主に第4胸椎が左にズレていることが原因だ。
 胸椎がズレると肋骨が押し出されて体幹にひねりの力が加わる。第4胸椎がズレると、そのひねりの力は体幹の中心に位置する心臓にまで及ぶ。その結果、狭心症のような症状が現れるのである。


 また胸椎のズレによって肋骨が押し出されることで体幹に局所的なひねりの力が働くと、肋間筋が引きつる。これが息苦しさや胸苦しさなどの原因になっている。
 従って、そのズレている胸椎を正しい位置に戻すことでこれらの症状は消える。この事実から見ても、ズレと症状との因果関係は明らかだろう。


 実は狭心症が悪化した状態の心筋梗塞患者にも、この第4胸椎のズレが認められる。狭心症と心筋梗塞は虚血性心疾患としてくくられているが、これらの虚血性心疾患には第4胸椎だけでなく第1胸椎のズレも影響している。
 第1胸椎のズレが腕神経を刺激した場合、虚血性心疾患に見られる左肩や左腕への放散痛と同じ症状が出るのも偶然ではない。また第1胸椎のズレが頸動脈や椎骨動脈を圧迫して血流を阻害することで、動脈硬化の原因の一つにもなり得るのである。


 さらに第1胸椎が左にズレると、肋骨と連動して左の鎖骨が左へとズレるとともに、押し上げられる形で頭頂方向へも移動する。すると鎖骨の下を通っている心臓神経を直接刺激して、心臓に異常を引き起こす。
 ズレによる影響はそれだけに留まらない。左の鎖骨の下にはリンパ本管が流れ込む胸管があるため、ズレた鎖骨による圧迫がリンパ液の還流を悪化させ、より複雑な病態を引き起こすことになる。
 この状態が続くと左の鎖骨のくぼみが消えてしまう。これは「アシンメトリ現象」がかなり進行した状態の特徴で、目で見てはっきりと確認できる。


 しかしこのような胸椎などのズレが引き起こす心臓への異常が病院で指摘されることはない。私の印象では今や腰痛患者よりも多くなっているのに、腰痛とちがって一時的な症状であるため、いつしか本人も症状があったことすら忘れている。私から心臓に何か異常がなかったかと訊かれて初めて「そういえば…」と思い出す人が多いのだ。
 まして今現在、心臓に何の症状も出ていなければ、病院を受診しようなどとは思わないだろう。だがたまたまこれまで症状が出ていなかっただけなので、胸椎が大きくズレたままでゴルフなどで勢いよく体幹をひねってしまったら、突然死も起こり得る。


 それではなぜ胸椎のズレによる心臓の異常がこれほど増えているのだろうか。うがった見方をすれば、放射線被曝の影響も考えられる。
 チェルノブイリでの原発爆発の後、近隣住民に心筋梗塞が増えたことが知られている。福島第一原発の爆発事故から10年が過ぎた日本でも、すでに同様のことが起きていると指摘する人もいる。私にはそれが事実かどうかを確認するすべはない。しかし胸椎が大きくズレて心臓に異常を感じる人が増えていることだけはまちがいない。


 もちろん本来なら、ズレている背骨はことごとく正しい位置に戻すべきである。ところが胸椎の扱いはそれほど単純ではない。胸椎が大きくズレて心房細動を起こしているような場合、そのズレをいきなり戻してしまうと血栓が飛んで、何らかの臓器に塞栓を引き起こす危険性があることは知っておきたい。


 これは胸椎に限ったことではないが、背骨のズレの矯正は重大な結果を生むことがある。それを念頭において施術に臨むことが重要だ。ズレを見つけて戻すだけなら素人でもできる。プロであれば、患者の身体状況の全体像を見極めたうえで、このズレを戻していいものかどうか、そこから始めなくてはならない。そうやって常に思考しながら施術することで、原因の解明にも踏み込んでいただけることを願っている。(花山 水清)


2022年01月05日 10時00分

ふくらはぎが痛い原因と深部静脈血栓

カテゴリー: モルフォセラピー

先日寝ていたら、右脚のアキレス腱からふくらはぎにかけての強い痛みで目が覚めた。前の日に壁のペンキ塗りでハシゴを昇り降りしていて足首を捻挫したのだろうか。


 足首の捻挫には主に2つのパターンがある。一つは足首をひねって外くるぶしに痛みが出るもので、これは誰もが一度は体験しているだろう。もう一つは少し特殊だが、爪先立ちで踊るバレリーナに多く見られる捻挫である。この場合、脛骨と距骨との間にズレが生じてアキレス腱やふくらはぎに痛みが出る。バレエでなくても、爪先から飛び降りたり、ハシゴ仕事などでも同様の捻挫は起こる。


 だがどちらも治療はかんたんだ。足首をもって少し足を引っ張りながら、ゆっくりと正しい位置に戻してやるだけでよい。この矯正がうまくいけば、その場で痛みが消えて少々の腫れならすぐに引いていく。


 もちろんこれらの捻挫は骨や靭帯が損傷しているものを除く。逆に病院では、アキレス腱やふくらはぎに痛みがあっても骨や靭帯に明らかな損傷が見られなければ、それが捻挫のせいだとは考えない。その結果、全く関係のない治療をしてしまうことがあるのだ。


 例えばあるバレリーナなどは、ふくらはぎの痛みで2度もアキレス腱の手術を受けたが、症状が全く改善しなかったため引退を余儀なくされた。他にも、ふくらはぎが痛いのは持病の自己免疫疾患が悪化したからだと診断されて、免疫抑制剤の投与量を増やされた人もいた。だが二人とも、上記の手順で軽く足首を矯正しただけでその場で症状が消えたのである。


 では私のふくらはぎの痛みはどうなったのか。寝床から起き上がるのが面倒だったので、横着をして寝たままの姿勢で矯正を試みた。左足の親指と人差指で、痛みの出ている右足首を挟んで引っ張ってみたのだ。ふつうなら完全でなくてもある程度まで戻すだけで自然に痛みが引くものだからである。


 ところがそのまま寝てしまおうとしたのに、先程よりも痛みが増してきた。あまりの痛みに起き上がって足首を調べてみると、捻挫ではなさそうだ。
 原因が捻挫でなければ、疑われるのは腰椎3番、5番のズレである。腰に手をやると案の定、腰椎3番が大きくズレている。どうも自分の体となるとおざなりだが、とりあえず3番のズレを戻してみると痛みがかなり引いたので眠りについた。そしてあくる朝には完全に痛みは消えていた。


 このようにふくらはぎの痛みというのは、捻挫だと思ったら腰椎のズレだったり、その逆だったり、またそれら両方のこともある。両者の違いは、捻挫なら時間の経過とともに痛みが引いていくのに対し、腰椎のズレであれば時間がたっても痛みに変化がなかったり、痛みがもっと強くなったりしてしまうところだろう。


 また骨折の場合でも捻挫と似たようなことが起きる。病院ではもう骨は治っていると診断されたのに骨折時の痛みがそのまま残っているとき、背骨のズレを戻してやると痛みが消えることがある。これは珍しいことではないので、日ごろの施術で同様の経験をされた方もいるだろう。


 さて、ふくらはぎの痛みで注意しなければいけないのは深部静脈血栓の存在だ。昭和46年(1971年)、当時の横綱「玉の海」が虫垂炎の手術を受けた後に深部静脈血栓を発症し、その血栓が飛んで肺塞栓を起こして亡くなった。まだ27歳だった現役横綱の急死は社会的にも大きな衝撃であったため、このニュースのおかげで一般人だけでなく医療の現場でも血栓の恐ろしさが認識されるようになったのだ。


 その後、深部静脈血栓はエコノミークラス症候群として広く知られるようにもなった。しかし狭い場所で長時間動かずにいることでふくらはぎの部分に血栓ができるので、飛行機に乗らなくても発症する。


 血栓の有無は、ふくらはぎの表面を少しずつなでてみると、指先にわずかに硬い組織が当たることで確認できる。もし患者さんに血栓があると判断したら、即座に施術を中止して循環器科の受診を強く促すべきである。何らかの刺激でその血栓が肺に飛んでしまったら命に関わるのだから、強い刺激を加えることなどもってのほかだ。


 かつて「こんなしこりなんか、もみ切ってしまえばいい」といって、ふくらはぎをゴリゴリもんだ治療家の話を患者さんから聞いたこともあるが、無知ほど怖いものはない。逆にいえば、知識ほど大切なものもない。われわれは施術を通して人の命に関わる以上、医療全般の知識を学び続ける努力だけは怠らないようにしたいものである。(花山 水清)


2021年12月01日 10時00分

医療の進歩をはばむ「ストレス原因説」

カテゴリー: モルフォセラピー

昭和も終わりのころ、日本はバブル経済に湧いていた。企業だけでなく個人までもが我先にと株や不動産投資に奔走し、右肩上がりの経済を支えていたのである。
 そんな世相を反映してか、「24時間戦えますか」と唄うドリンク剤のCMも流行していた。その一方で働きすぎの企業戦士たちは、体だけでなく心までも消耗した挙句、心身症を患う人が増えて社会問題にもなっていた。


 心身症とは今でいえば精神的ストレスによるうつ症状のようなものだ。だがその大きな違いは、心身症は体に原因を求めるのに対し、現代のうつ症状は心の問題が先にくる点だろう。この違いは医療にとっても大きな変化であった。


 古代から、体と心のどちらに重きを置くかは医療における最も重要なテーマだった。古代ローマのユウェナリスは「健全なる精神は健全なる肉体に宿る(べきだ)」と説いた。これは昭和のころまでは医学的にも当たり前の話だと考えられていたのである。


 ところが20世紀に入ると時代は大きく変わった。ハンス・セリエがストレス学説を発表して以来、いつのまにか腰痛からがんにいたるまで、体の病気の多くは精神的ストレスが原因だとする説が主流になっていった。つまりこれは、精神さえ健全なら体も健全だといっていることになる。


 実際この考え方を反映するようなできごともあった。2011年に福島第一原子力発電所が爆発したとき、被曝の影響を恐れる人たちに向かって「笑っていれば(被曝しても)がんにはならない」と公言した有名な医師がいたのである。これではほとんどカルトの世界だろう。


 私はストレスが原因で病気になるなどという話を聞くと、子供が「治らないのはボクのせいじゃないもん!」といって責任逃れしているようにしか思えない。医師が「ストレスが原因だ」といい切った時点で、彼には治せない病気だといっているわけだから、彼の手でその病気が完治する見込みもなくなってしまう。


 しかし科学が進歩すれば、これまでストレス原因説によって見放されてきた疾患が治る可能性はある。
 たとえばセリエの説いたストレス学説の3大症状の一つに胃潰瘍がある。胃潰瘍は心身症の代表的な疾患でもあり、原因は精神的なものだと考えられてきた。しかも放置すれば将来胃がんになるといわれ、患者の多くは胃の切除手術を受けていたのだ。
 ところが1983年にロビン・ウォーレンとバリー・マーシャルらの発見によって胃潰瘍の原因はヘリコバクター・ピロリ菌だとわかったおかげで胃を取られることはなくなった。


 この事実はストレス原因説の根幹を揺るがす一大事件だったはずだ。だがその後もストレス学説を誤用したストレス原因説の勢いは一向に衰える気配がない。私が危惧するのは、精神的ストレスが原因だといって思考停止しているうちは、疾患の真の原因にたどりつく可能性がない点である。


 2005年に『腰痛は「ねじれ」を治せば消える』を出版したときも、こういった風潮に対して一石を投じたつもりだった。腰痛は背骨のズレによって起こるのであって、精神的ストレスが原因ではないと伝えることが本書のいちばんのテーマだったのだ。


 しかし社会の大きな潮流は、一度方向が定まると容易には変えられない。だれもがこぞって同じ方向に流されてしまうものらしい。それゆえ、私はこれまでストレス原因説を真正面から批判したものを見たことがない。


 知り合いの医師にも、精神的ストレスが原因だとされる病態の多くは背骨のズレによる症状だと話してみたことがある。するとこの医師は「その背骨のズレの原因はストレスではないのか」と切り返してきたのだ。ここまでくると、もはや信仰である。


 西洋ではデカルトの心身二分論(心身二元論)の登場以降、医学は科学として発展してきた。ところが日本の場合、曹洞宗の開祖である道元が唱えた「心身一如」の考え方が今でも根強い。さらに戦時中の教育による「心頭滅却すれば火もまた涼し」といった精神論も、一定の効力を保持している。これらが医療の現場でも悪影響を及ぼし続けているせいで、原因不明の疾患は患者の精神によるものだと決めつける傾向が強いのである。


 もちろん私は精神的ストレスの存在そのものを否定しているのではない。だれしも片思いの相手に会えば、心がときめいて心臓は激しく鼓動を打つ。だがその状態が続いたからといって、片思いで心臓病になると考えることにはむりがある。今の医学には、こういった原因と結果をこじつけたような話が多すぎる。要するに腰痛がストレスにはなるが、ストレスが原因で腰痛にはならないのだ。


 しかし医療者の圧倒的大多数は、背骨のズレによる症状の存在を受け入れないままである。そして彼らがストレスを持ち出してこのような空論を交わしている間にも、救われない患者の数だけがひたすら増え続けている。このことを念頭に置いて、われわれはモルフォセラピーの技術の向上だけでなく、理論の普及にも個々人で努力していかなければならないだろう。(花山 水清)


2021年11月03日 10時00分

「痛い」のは悪いことなのか

「肩こりは日本人特有の症状だからアメリカ人にはない」
昭和のころにはこんな話がまことしやかに語られていた。しかし英語にも stiff neck や stiff shoulders という肩こりを指す言葉は存在する。またそれらのこりをほぐすマッサージも人気があるようだ。


 英語ではこりの場所である首は単数形の neckで、肩は当然複数形の shoulders だが、膵臓がんなどの特定の疾患になると、なぜか左肩だけにこりが現れることが知られている。もちろん「アシンメトリ現象」は左半身だけ感覚が鈍くなるのが特徴なので、両肩をマッサージしてもらっても、左右同じ力でもまれているはずなのに、左肩は押されている感じが弱い。


 通常のマッサージなどでは、押されて痛いところが悪いと考える。だから痛い部分を重点的にもんでほぐそうとする。しかし「アシンメトリ現象」の場合は、本来感じるはずの痛みが消えている状態を異常だととらえる。従ってこの異常を解消するためには、まずは鈍くなった知覚を痛みを感じる状態にまで戻す。それからその痛みを取り去るのである。


 「アシンメトリ現象」の解消を担うモルフォセラピーでは、背骨のズレの矯正が手技の主体である。以前はズレの矯正のほかに、神経刺激という特殊な手技を用いて知覚の異常を取り去っていた。がんなどの患者は左半身の知覚が非常に鈍くなっているので、ある特定の神経をピンポイントで狙って刺激を加えることで本来の知覚を呼び覚ます必要があったのだ。


 この手技が奏功すると、今までいくら強く押しても「押されているのかな」という程度だった感覚が突然変化し、軽く触れただけでも飛び上がるような痛みを感じるようになる。この段階になって初めて、その痛みを取り去る作業に移ることができる。しかもがんのように、この工程を経なければ治らない疾患は意外に多いのだ。ところが医学上は、このような知覚の異常の変化については全く知られていない。


 がんの治療では、抗がん剤や放射線を使うと患者が激痛を訴えるようになることがある。この痛みは「アシンメトリ現象」の鎮痛作用が解除された結果であるから、がん治療の第一関門をクリアしたことになる。しかし現場の医師たちにはその認識がない。痛いのは悪いことだとしか考えないので、モルヒネなどを使って痛みを抑え込もうとする。だがそういった疼痛治療で感覚が鈍くなって痛みを感じなくなれば、また元の木阿弥なのだ。


 痛みとは体の内部から発せられる警報のようなものである。火災が発生したら、装置が作動して警報が鳴ってくれなくては困る。しかしせっかく警報が鳴り響いているのに、装置を解除しただけでは家は燃え続け、しまいには焼失してしまう。要するに痛みだけ止めて、それで症状が治ったと思うのは大きなまちがいなのである。健康を考えるうえでこの認識はとても重要だ。


 がんの痛みだと診断されている症状も、実際には背骨のズレによる発痛作用の結果であることは多い。鎮痛剤などで痛みだけ止めても、根本原因であるズレを戻さなければ、その影響は残る。痛みの原因がズレであれば、そのズレを矯正すれば痛みは消える。この点でもモルフォセラピーは有用だろう。


 現在のモルフォセラピーでは、神経刺激の手技は背骨のズレの矯正のなかに集約されている。こまめに背骨のズレさえ戻しておけば、「アシンメトリ現象」が引き起こす多くの疾患の予防になるからだ。しかしすでに重症化した疾患に対する神経刺激の即効性も捨てがたい。神経刺激は手技の難易度が高いので修得に時間がかかるのが残念だが、興味のある方にはぜひともチャレンジしてみていただきたい。そして皆でさらに手技を進化させることで、がんなどに対する画期的な治療法が確立すると私は信じている。(花山 水清)


2021年06月02日 10時00分

モルフォセラピーとは何か

カテゴリー: モルフォセラピー

モルフォセラピーとは何か。
一言でいうなら「アシンメトリ現象」を解消する療法である。


 では「アシンメトリ現象」とは何だろうか。
「アシンメトリ現象」は、人体の左側に現れる特異的な現象のことであり、おどろくほど広範囲の疾患と密接に結びついている。
したがってモルフォセラピーが対象となる疾患も、自ずと広範囲に及ぶ。
モルフォセラピーは、この「アシンメトリ現象」の原因となっている「背骨のズレ」を、手技によって矯正する療法なのである。


 私はこの「背骨のズレ」に規則性があることを発見した。
その規則性にのっとって矯正を行えば、だれがやっても同じ結果が出せる。
これが「モルフォセラピーには再現性がある」という意味なのだ。


 そして再現性とは科学の第一義でもある。
つまりモルフォセラピーは、「信じる・信じない」といった信仰や、まやかしを必要としない科学的な療法だといえる。
だから、私はだれにも「モルフォセラピーを信じなさい」とはいわない。
逆に疑いをもちながら実践し、施術を通して検証してみてほしいと思っている。


 そもそもモルフォセラピーは、「アシンメトリ現象」の解明がテーマである。
「アシンメトリ現象」の原因や成り立ちを解き明かすことによって、「アシンメトリ現象」を伴う腰痛やがんといったような疾患のしくみまで解明できると考えられるからだ。


 「アシンメトリ現象」は体の左側だけに現れる。
こういった左右差については、医学だけでなくさまざまな学問分野でも研究されてきた。
ところがそこでは、単なる左右差についてしか注目しない。
左だけ、右だけといった、側性にまで言及されることがないのである。
実は単に「左右差があること」と、その「左右差に側性まであること」とでは、問題の意味もレベルも全く違うものになる。
「アシンメトリ現象」の最大のポイントは、そこに「左だけ」という側性がある点なのだ。


 科学の世界では、自然現象のなかから対称性や規則性を見つけることが最も重要だとされる。
つまり「アシンメトリ現象」の発見とは、科学史に残るほどの大発見なのである。


 しかもこの発見は、医学的な問題だけにとどまらない。
何よりも重要なのは、「アシンメトリ現象」が示す左右の非対称性の意味である。
虫や鳥の絶滅種では、羽の長さなどが左右非対称になることがある。
これは生物学ではよく知られた事実だ。
そのため、ある生物が左右非対称になっていないかを調べることで、その環境の安全性の指標にすることもある。
これまでは人類がその調査の対象になったことはない。
しかし私は、「アシンメトリ現象」の存在は左右差の指標として最適だと考えているのだ。


 実際、この半世紀で「アシンメトリ現象」は急増している。
日本だけでなく地球のほぼ全地域においても同様だ。
これは「アシンメトリ現象」の原因となる物質が、地球環境中に増加しているからに他ならない。


 その原因物質はまだ特定できないが、状況証拠として考えられるのは、農薬や食品添加物などの化学物質、重金属、放射線の存在だ。
さらに現在は無害だとされる物質も影響している可能性はある。
それらが徐々に環境中に蔓延し、閾値に近づいたことで人体に直接影響が出るようになったのではないか。
「アシンメトリ現象」が急激に低年齢化しているのも、その結果なのである。


 それゆえモルフォセラピーが目指すところも、単に「背骨のズレ」が引き起こす個々の疾患の解消だけではない。
今後さらにモルフォセラピーの実践者が増えることで、「アシンメトリ現象」の問題に当事者意識をもった仲間も増える。
彼らの叡智を結集して、人類の危機に対処することが最終目標なのである。


(花山水清)


2021年05月27日 17時26分

モルフォセラピーの未来

カテゴリー: モルフォセラピー

 現在モルフォセラピーの会員は全国で500名以上にもなる。
そのうちプロとして登録して活躍している方も100名を超している。
まだ小規模とはいえ、「日本モルフォセラピー協会」が設立されて10年にも満たないのに、この数字は頼もしい。


 しかも昨年は、医師の関野吉晴先生を代表とする「モルフォセラピー医学研究所」が設立された。
当研究所では「アシンメトリ現象」の原因の解明が期待されている。
そこで改めて、私が思い描くモルフォセラピーの展望をお伝えしておきたいと思う。


 当初からモルフォセラピーの目標は「腰痛からがんまでを家庭で治せるようにする」ことにある。
その結果、モルフォセラピーは従来の民間療法の枠を越え、医療の概念を覆す、いわば革命となるものと認識している。


 従来は、病気には医療の専門家がその治療に当たっていた。
しかしモルフォセラピーの技術を用いれば、おどろくほど多くの病気が家庭や職場の身近な人の手によって気楽に対処できるのである。
これはだれもが理想とする形だが、現実にはあり得ないことだと思うだろう。


 ところがモルフォセラピーの最大の特徴は再現性にある。
モルフォセラピーにおける再現性とは、同じことをやればだれでも同じ結果が得られるという意味である。
もちろん技術の巧拙によって、結果に多少の違いはある。
しかし逆に、今日モルフォセラピーを覚えたばかりの人が、ベテランよりも鮮やかに治してしまう可能性もあるのだ。


 したがってモルフォセラピーが普及していけば、近い将来、治療の専門家の出番は減少する。
だが今後モルフォセラピーの習得者には、治療家としてだけでなく、技術普及の指導者として活躍していただきたい。
そしてモルフォセラピーを世界中の家庭へ伝える役割を担っていただきたいのである。


 さらにいえば、モルフォセラピーは未完の療法である点も認識しておきたい。
私は「アシンメトリ現象」の原因の解明とモルフォセラピーの技術開発に20年以上の歳月を費やしたが、「家庭でのがんの完治」にはまだ到達できていない。
ぜひ、その技術革新にもご協力いただきたいのだ。
協会の設立以来、加速度的に実践者が増えたおかげで、技術の進化速度も格段に向上した。
そこには無限の可能性があり、モルフォセラピーの将来には明るい展望がある。
 
 実は民間療法の世界では、小さなお山の大将の一代で終わる人が圧倒的に多い。
それは「自分が」「自分だけが」といった我欲に支配されて本質を見失うからだ。
モルフォセラピーの本質は利他の精神にある。
みながその自覚をもって共に学んでいけたら、そこには夢のようなすばらしい世界が待っていると私は思っている。


(花山 水清)


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