施術のリスクとどう向き合うか

2022年06月01日 10時00分

施術のリスクとどう向き合うか

カテゴリー: モルフォセラピー

以前ある治療家の元へ、重い腰痛の患者が訪れた。あまりにひどい背骨のズレを見て、思わず彼は「これは大変でしたね」と口にした。するとその患者ばかりか、付き添ってきた母親までが「やっとわかってもらえた」といって涙ぐんだのだという。まだ何の治療もしていない段階でこれほど感激されるとは、その苦しみはよほどのことだったのだろう。


たしかに背骨のズレによる症状は、どれだけ病院を渡り歩こうが、どんな検査を受けようが、決して診断に至ることはない。病院での検査には、背骨のズレという項目は存在しないからだ。病院での検査で問題が見当たらなければ、医師たちには治療するどころか診断すらできない。すると医師は「(この状態で)痛いはずはないんですけどね」などといって、患者の切なる訴えを否定することもある。


そこで患者が自分の症状を強く主張してみたところで、その症状は精神的なものだとかんたんに片付けられてしまう。かくして柳澤桂子の『認められぬ病』のように、患者の孤独な闘いが始まるのである。その一方で医師たちは、自分たちにとって原因不明の症状に出会うたび、現代社会のひずみがいかに人体に影響を及ぼしているかを説き続けることになる。


実はこういった状況は日本だけに限った話ではない。背骨のズレが原因の「認められぬ病」の患者は世界中にあふれているのだ。しかし彼らがモルフォセラピーに出会う確率はかなり低い。運良く巡り合えたとしても、すべての人がその苦しみから解放される保証はない。

もちろん背骨のズレによる症状は、そのズレた背骨を正しい位置に戻せば解消する。これは至ってかんたんなメカニズムである。だがズレた背骨を矯正することには、思わぬリスクが伴うこともある。


たとえば肩たたきは、だれもが一度は体験していることだろう。相手の肩をたたいたり、逆にだれかにたたいてもらったりすることで、肩たたきには治療と同時にスキンシップの要素もある。その肩たたき程度のことで、よもや危険が及ぶなどとはだれも思いもしない。肩たたきのせいで血流が突然変化して、貧血のような症状が起きたなどという人もいないはずだ。ところがモルフォセラピーでは、そのようなことが起こり得る。しかも肩たたきの10分の1ほどの力も使わず、ほんの一瞬触っただけでも起きることがある。


かつて私にもその経験があった。肺がんと心筋梗塞の病歴をもつ方が来院されたので、体を見ると胸椎3番と4番が極端にズレていた。このズレが、肺がんと心筋梗塞の発症に関与しているようだった。


しかし私は慎重かつ臆病なので、そんな病歴がある人の背骨のズレをいきなり戻すようなことはしない。かなり用心しながら少しずつ矯正していく。そのときもわずかに指が触れた程度だった。それなのに、あれほど極端だったズレが、一瞬で見事に収まってしまったのである。途端に彼の顔に赤みが差した。それと同時に私の顔からは血の気が引いた。彼は「血がグルグル回っている」といって、経験したことのない血流の変化にとまどっている。


この状態は、それまでせき止められていたダムの水を一気に放流したようなものだ。勢いよく流れていった先で、どのような変化が起こるかを完全に予測することはできない。このときは、横になって少し休んでいてもらったら落ち着いたのでホッとした。今思い出しても冷や汗の出る体験だ。


モルフォセラピーは、よく切れる刃物のようなものである。触れるか触れないか程度の力でも、矯正の角度と力の向かう方向が的確なら、とんでもないズレでもたちまち矯正できてしまう。背中のかゆいところを一かきした程度のわずかな力であっても、急激な血流の変化が起きることがある。こんなことは常識では考えにくいだろう。


こういった変化がすべての人に起こるわけではないが、どのような状況ならリスクがあるかを完全に見極める方法もない。モルフォセラピーで背骨のズレを戻すことはたやすいが、そのズレを今、どの程度まで戻してよいかの判断がむずかしいのだ。私の経験上は、甲状腺疾患の人、体内にステントを入れている人、虚弱体質の女性などには、極端な血流の変化によって、妙な症状が起こりやすいようである。


実際のところ、人体に外から力を加えると何が起きるのか。それがわずかな力であっても、その衝撃が体内に引き起こす結果をすべて把握することは、最先端の科学でも不可能だろう。


自分の目の前に、途方もなく高額で世界に1台しかない精密機械が置かれたとする。それをいきなりたたいてみる人などいない。壊れてしまったら取り返しがつかないから、まずは「手を触れないようにしよう」と考えて距離をおくはずだ。ヒトの体についても同様で、手を触れずにすむものなら、それに越したことはない。施術においてはそういうわけにもいかないのが悩ましいところである。


私の古い知り合いに、カースタントで有名なTさんがいる。彼は長年の仕事を通しておびただしい数の骨折を経験してきた。だがそれは決して無謀なことをしたからではない。彼は常々「イチかバチかで勝負をするのは素人だ。先の先まであらゆるアクシデントを想定したうえで、安全に仕事をこなすのがプロフェッショナルなのだ」といっている。従ってその骨折もやむを得ぬシチュエーションの結果なのである。


「あらゆるアクシデントを想定したうえで安全に仕事をこなす」


私も、これこそがモルフォセラピーの第一義であるべきだと肝に銘じている。(花山 水清)


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